2017-10-26
1、事案の概要
本件は、被相続人Aの遺産分割審判に係る許可抗告事件ですが、その事案の概要は以下のとおりです。すなわち、
Aの法定相続人はXとYのみであり、その法定相続分は各2分の1である。Aは不動産(マンションの一室及びその敷地の共有持分。評価額合計約258万円)の他に預貯金債権(外貨普通預金について原決定の日(平成27年3月24日)における為替レートで計算し、円建て預貯金も加えると合計4000万円以上)を有していました。
原々審(大阪家審平26・12・5金判1508・22)、原審(大阪高決平27・3・24金判1508・21)とも、預貯金債権は預金者の死亡によって法定相続分に応じて当然に分割され、相続人全員の合意がない限り遺産分割の対象とすることはできないとした上で、Yに特別受益があり、その額は5500万円程度と認めるのが相当であるから、Yの具体的相続分は0であるとして、Xが前記不動産を取得すべきものとしました。
これに対し、Xが抗告許可の申立てをしたところ、原審(大阪高裁)はこれを許可しました。最高裁平成28年12月19日大法廷決定は、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる」と判断して、原決定を破棄し、本件を原審に差し戻しました。
2、本決定の考え方
本決定は、普通預金契約が一旦契約を締結して口座を開設すると、以後預金者が自由に預け入れ、払戻しをすることができる継続的取引契約であり、口座に入金が行われた場合、これにより発生した預貯金債権は同口座の現存の預貯金債権と合算され、一個の預貯金債権として扱われる(一個の債権として同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものである)という特異性を述べています。
本決定は、このような普通預金債権等の特異性からすると、普通預金債権等が相続により数人の共同相続人に帰属するに至る場合、各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される、そして、相続開始時における各共同相続人に法定相続分相当額を算定することはできるが、預貯金契約が終了していない以上、その額は観念的なものにすぎないと述べています。これは、共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り、相続開始時の残高が100万円であったとしても、その翌日には残高が増減しているかもしれないのであり、本質的にそのような可能性を有するものとして普通預金債権等は存在するのであるから、相続が開始した場合、各共同相続人はそのような一個の債権の上に準共有持分を有すると解すべきであるという趣旨をいうものと思われます。以上のような普通預金債権等の特異性を捉えて、本最高裁決定は、共同相続された普通預金債権等は相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象となると述べたものであると思われます。
また、本決定は、株式会社ゆうちょ銀行に対する定期貯金債権について、契約上分割払戻しが制限されており、このことは単なる特約ではなく定期貯金契約の要素となっていることも指摘しており、共同相続された定期貯金債権は相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象となると述べました。
以上の判示は、本件で問題とされている普通預金債権及び定期貯金債権が、その内容及び性質に照らして昭和29年判決にいう「可分債権」に当たらない旨を述べたものでありますから、本最高裁決定の考え方は、貯金債権が相続開始と同時に当然に分割される旨を判示した平成16年判決を変更したものといえます。
3、本決定の射程はどこまで及ぶのか
本決定は、普通預金債権及び定期貯金債権について、権利の内容及び性質に照らし遺産分割の対象となることを判示したものですが、定期貯金債権に関する判示(分割払戻の制限が契約の要素になっていること)の考え方は、この決定の考え方からすると、ゆうちょ銀行の定額貯金のほか、その他の金融機関の定期預金・定期貯金に及ぶものと思われます。
本決定の考え方を前提にすると、相続人は全員で共同しなければ預貯金の払い戻しを受けることができない(民法264条本文、251条)ということであり、したがって、共同相続人の一部が、被相続人の預貯金債権を相続分に応じて分割取得したと主張して、金融機関に対しその法定相続分相当額の支払いを求めた場合、今後はその請求は棄却されることになるでしょうから、実務に与える影響は大変大きいものがあると云わなければなりません。
尚、本決定は、預貯金債権が現に存在する場合に遺産分割の対象となることを判示したものであり、共同相続人の一人が相続開始前に被相続人に無断でその預貯金を払い戻した場合に発生する不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権については、この決定に述べられた理由からして本決定の射程外と思われます。
(参照判例時報2333号68頁)
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