2021-10-19
再転相続における熟慮期間の起算点について示された最高裁の判例(令和元年8月9日)を紹介します。
1、相続の放棄及び承認の制度は、相続人に対し、被相続人の権利義務の承継を強制せず、相続の承認・放棄をする機会を与えることによって、相続財産を相続するかどうかについての選択権を付与したものであり、民法915条第1項本文の規定する熟慮期間は、相続人が承認・放棄の判断をするに当たり、相続財産の状態、積極・消極財産の調査をして熟慮するための期間として定められたものです。同項本文にいう「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意義については、相続開始の原因たる事実の発生を知っただけでは足りず、それによって自己が相続人となったことを覚知した時をいうものと解されています。この解釈は、大決大15・8・3民集5・679が従来の判例を変更して示したものであり、その後の判例(最二判昭59・4・27民集38・6・698、判例時報1116・29等)もこれを前提としています(判例時報2452・36)。
2、ところで、甲(被相続人)が死亡し、乙が第1次相続の相続人として甲を相続したところ、甲からの相続の承認・放棄をしないうちに、乙が熟慮期間内に死亡し、その地位を丙(第2次相続の相続人《乙の相続人、再転相続人》)が相続した場合に、民法916条は、再転相続における(第1次相続の)熟慮期間の起算点について、「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する」と規定していますが、「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とはいつのことかが上記裁判(令和元年8月9日の最高裁の判決の事案において)の中で問題となりました。
尚、再転相続とは、当初の相続における相続人(本件の場合は乙のこと)が、熟慮期間中に相続放棄や単純承認をする前に死亡し、次の相続人(本件の場合は丙のこと)が相続したケースをいいます。1回目の相続を一次相続、2回目の相続を二次相続といいます。
3、最高裁(令和元年8月9日)は、「民法916条にいう『その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時』とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである」と判示しました。
その理由は、以下のとおりであると述べています。すなわち、
「民法916条の趣旨は、乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには、乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて、丙の認識に基づき、甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるべきである。
再転相続人である丙は、自己のために乙から相続が開始したことを知ったからといって、当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。また、丙は、乙からの相続により、甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの、丙自身において、乙が甲の相続人であったことを知らなければ、甲からの相続について承認又は放棄いずれかを選択することはできない。丙が、乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず、丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって、甲からの相続に係る熟慮期間が起算されることは、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。
以上によれば、民法916条にいう『その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時』とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者(乙)の相続人(丙)が、当該死亡した者(乙)からの相続により、当該死亡した者(乙)が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己(丙)が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである」と。
4、本件は、金融機関が甲外4名に対し、某株式会社に対する貸金等の連帯保証債務の履行を求めて各8000万円の支払いを求める訴訟を提起したところ、金融機関の請求をいずれも認容する判決が言い渡され、この判決は確定しました。ところが、その直後、甲が死亡したため、その相続人の妻及び2名の子らは相続放棄しました。その相続放棄により、甲の兄弟4名と既に死亡していた甲の兄弟2名の子ら7名が甲の相続人になりましたが、乙(甲の弟)外1名を除く9名は相続放棄の申述をなし、受理されました。その後、乙は、自分が甲の相続人になったことを知らず、甲からの相続について相続放棄の申述をすることなく間もなく死亡しました。乙の相続人は、妻及び子である丙外1名でした。丙は、同日頃乙の相続人であることを知りました。金融機関から債権譲渡を受けたY株式会社は、承継執行文の付与を受けて、丙に対して承継執行文の送達手続きをとりました(丙に対する請求額は8000万円の32分の1)。これによって、丙は、承継執行文の謄本の送達を受けて、乙が甲の相続人であり、丙が乙から甲の相続人たる地位を承継していた事実を初めて知りました。そこで、丙は、甲からの相続について相続放棄の申述をし、間もなく上記申述は受理されました(以下、本件相続放棄といいます)。その上で、本件相続放棄を異議の事由として、Y株式会社に対して承継執行文に対する異議の訴えを提起しました。それ故、本件では、甲からの相続に係る丙の熟慮期間がいつから起算されるかが争点となったものですが、結局、最高裁において、上記3項に記載の理由により、本件相続放棄は有効とされました。
5、この判例は、民法916条にいう、いわゆる再転相続の場合の「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とはいつかを明確に示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものであります。このことは、弁護士である我々実務家としても、常に心に留めておくべきものであり、また、一般の方においてもこのような事案に遭遇しないとも限らないことから知っておいて損はない判例だと思います。相続の法律問題に遭遇された方は、法律のプロである我々弁護士に是非ともご相談下さい。
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